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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)31号 判決

大阪市浪速区元町二丁目一〇〇番地

原告

陳焜照こと

顔陳焜照

右訴訟代理人弁護士

小畑実

同市同区船出町一丁目三五番地

被告

浪速税務所長

森口公男

右指定代理人

北谷健一

辻本勇

本野昌樹

主文

被告が原告の昭和三八年分所得税について昭和四〇年五月一三日付でした、総所得金額を金四九〇六万一二七一円とする更正処分のうち、金六〇七万九一三三円を超える部分及び重加算税金六九八万七三〇〇円の賦課決定処分はいずれもこれを取消す。

原告のその他の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、「被告が原告の昭和三八年分所得税について昭和四〇年五月一三日付でした、総所得金額を金四九〇六万一二七一円とする更正処分及び重加算税金六九八万七三〇〇円(原告は六九八万七三九〇円として取消を求めているが、六九八万七三〇〇円の誤記と考える。)の賦課決定処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者の事実上の陳述

(請求原因)

原告訴訟代理人は請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和三九年三月一六日昭和三八年分所得税について別表(一)欄記載のとおり確定申告したところ、被告から昭和四〇年五月一三日付で別表(二)欄記載のとおりの内容の更正処分(以下本件更正処分という。)及び重加算税の賦課決定処分(以下本件重加算税の賦課決定処分という。)を受けたので、これを不服として同年六月一日付で被告に対し異議の申立をしたところ、被告は同年八月一九日付で棄却の決定をしたので、原告は更に同年九月一九日付で訴外大阪国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四一年三月一一日付で棄却の裁決を受けた。

二、ところで原告は昭和三八年度において本件更正にかかる金四二九八万二一三八円の譲渡所得を得たことはないから本件更正処分には原告の所得を過大に認定した違法があり、また原告は所得を隠ぺいして申告したことはないから原告が所得を隠ぺいして申告したことを前提とする本件重加算税の賦課決定処分はその要件を欠く違法なものであるから、原告は本件更正処分及び本件重加算税の賦課決定処分の取消を求めるため本訴に及ぶ。

(被告の請求原因に対する答弁及び主張)

被告指定代理人は請求原因一項の事実は認める、同二項の事実は争うと答弁し、次のとおり主張した。

一、被告において調査した結果原告は昭和三八年度において別表(一)欄記載の、その申告にかかる不動産所得、給与所得のほか、同(二)欄記載の配当所得及び昭和三八年一月三〇日訴外株式会社竹中工務店(以下単に竹中工務店という。)に対しその所有にかかる別紙物件目録記載の土地、家屋(以下本件土地家屋という。)を代金九三〇〇万円で譲渡したことによる譲渡所得金四二九八万二一三八円(その算出経過は次のとおり)を得ていたのに、これを隠ぺいして確定申告したため原告の申告にかかる総所得金額と被告において調査した結果判明したそれとが異なつたので被告はこれを理由に本件更正処分等をしたのである。

二、被告主張の譲渡所得の算出経過

1. 収入金額 九三〇〇万円

内訳

イ 本件家屋の価額 一一六万円

ロ 借地権の価額 六四二八万八〇〇〇円

ハ 本件土地(貸地)の価額 二七五五万二〇〇〇円

2. 取得金額 二三六万〇七二三円

右は昭和三八年当時施行の所得税法第一〇条の五の規定に基づき算出した昭和二八年一月一日現在の価額である。

3. 譲渡経費 四五二万五〇〇〇円

4. 譲渡差益 八六一一万四二七七円

(1-2-3)

5. 特別控除額 一五万円

6. 譲渡所得金額 四二九八万二一三八円

〈省略〉

(被告の主張に対する原告の反論)

原告訴訟代理人は被告の主張に対する答弁者として次のとおり述べた。

一、被告の主張一項の事実中原告が昭和三八年度においてその申告にかかる所得のほか、被告主張の配当所得を得たこと及び本件土地が原告の所有であつたことは認め、その他の事実は争う。同二項の事実も譲渡所得の算式についての主張を除いて争う。

二、本件家屋はもともと原告の所有ではなく訴外蔡詒煙の所有であつたから、原告がこれを他に譲渡するわけはなく、また、かりにこれが譲渡されて譲渡益を生じたとしても原告がこれによる譲渡所得を所得するということはあり得ない。また本件土地は原告がこれを訴外昌栄商事株式会社(以下昌栄商事という。)に代金一五〇〇万円で売却し、更に同社が蔡詒煙から買受けた本件家屋と一括して竹中工務店に売却したことはあるが、原告が本件土地を直接同工務店に売却したことはない。しかも、原告が本件土地を昌栄商事に売却したのは昭和三七年八月二二日のことでありこれによる所得については既に昭和三七年度において申告納税ずみである。

(原告の反論に対する被告の言い分)

被告指定代理人は原告の反論に対し次のとおり述べた。

一、蔡詒煙は本件家屋の単なる登記名義人にすぎず、本件家屋の実質上の所有者は原告であつた。即ち本件家屋は原告が支配管理しており、昭和三六年、三七年分の固定資産税も原告がこれを負担し、本件土地の固定資産税といつしよに納付していること、また本件家屋は昭和三七年八月二二日付で蔡詒煙から昌栄商事に売却する旨の契約がされているが、当時蔡詒煙は所在不明であつたこと、更に同人は本件家屋には一度も居住したことがないこと等を合わせ考えると蔡詒煙は本件家屋の単なる登記名義人にすぎず、所有者は原告であると解するのが相当である。

二、なるほど本件土地家屋は契約書面上はいずれも昭和三七年八月二二日付で、それぞれ代金一五〇〇万円及び二五〇〇万円で一旦原告から昌栄商事に売却されたうえ、同月三一日付で昌栄商事から訴外川上土地株式会社(同社は竹中工務店の指図により契約書面上の買主となつたもので真の買主は同工務店である。以上川上土地という。)に代金九三〇〇万円で売却された形式がとられている。しかし本件土地家屋は真実は次に述べるとおり原告から直接同工務店に売却されたものである。即ち昌栄商事はもと大昌商事株式会社と称して本店を大阪市西区阿波座上通り一丁目二〇番地に置き、資本金二〇〇万円で昭和二九年一二月二九日に設立されたものであるが、営業不振のため昭和三四年一月三一日に解散した後は法定の清算手続もなされないまま放置されていた何ら実体を有しない単なる登記簿上の会社にすぎなかつたところ、昭和三七年六、七月頃原告がこれを三万円で買取り、同年七月三日会社継続の手続をしたうえ、商号を昌栄商事株式会社と変更したものの、同日就任したはずの代表取締役林昇太郎及び取締役宗方好夫はいずれも実在せず、同年八月二二日当時も依然実質的な営業は何もしない、その実体は登記簿上存在するだけの泡沫会社であつたものであり、いわば昌栄商事即原告個人と断定して差支えのないものであつた。従つて原告と昌栄商事、昌栄商事と竹中工務店との間でなされた本件土地家屋の売買契約は、原告と同工務店との間の直接の売買を秘匿するため仮装された何ら実体を有しない契約書面上の形式だけのものにすぎず、本件土地家屋は実質上は原告から直接同工務店に売却されたものというべきである。

三、本件土地家屋の売買契約は前記のとおり昭和三七年八月三一日付でなされているが、右契約には特約として売買物件の所有権は所有権移転登記手続完了のときに移転する旨合意されていたところ、右登記手続が完了したのは昭和三八年一二月二五日であつたから右売買契約に基づく譲渡所得の発生は昭和三八年度のものというべきである。

(被告の言い分に対する原告の再反論)

原告訴訟代理人は被告の主張に対し次のとおり反駁した。

一、蔡詒煙は本件家屋の登記名義人にすぎず原告が所有者であつたとの点について。被告のこの点についての主張は何ら合理的な資料に基づかない全くの独断であり、原告はすべて争う。原告が本件家屋を支配管理していたことはなく、また被告主張の固定資産税についても原告が負担したことはない。蔡詒煙と原告とは昭和二〇年暮頃から昭和三〇年頃まで大阪市南区難波新地において当時としては名の通つた食料品商三光公司を共同経営していたが、昭和三〇年頃営業不振のためこれを解散し、蔡は東京方面に転居した。それ以来昭和三七年頃までは年に二回ずつ来阪しその都度原告方に立寄つていた。ところで固定資産税については納期がある関係上蔡が来阪した際納付するというわけにもいかないので、来阪の際原告に金員を託して税金の代納を依頼し原告が依頼に基づき代わつて納付してやつたことがあつたのである。被告主張の昭和三六年、三七年分はこのようにして原告が支払つたものである。しかし蔡が預けていないときは原告が代わつて納付するようなことはしなかつたから、昭和三三年七月一〇日頃固定資産税滞納のため本件家屋につき差押を受けたことがあるが、当時においても原告は自己の所有物件について固定資産税が払えないほどに生活困窮していなかつた事実は本件家屋の所有者が原告ではなかつたことを裏書きするものである。

二、本件土地家屋は原告から直接竹中工務店に売却されたものであるとの点についての被告の言い分も全くの独断であり、すべて争う。原告は契約書面記載どおり昭和三七年八月二二日本件土地を昌栄商事に売却したことがあり、事実はそれだけである。

三、譲渡所得の発生時期についての主張も争う。被告の見解は税法の基本原理である発生主義を無視する不当なものである。

第三、証拠

原告訴訟代理人は甲第一号証の一乃至三、第二号証の一乃至一一、第三号証の一、二、第四号証の一乃至四、第五号証の一乃至六、第六号証の一乃至三、第七、第八号証の各一、二、及び検甲第一乃至第四号証を提出し、証人中島昭二、同鈴木一雄、同森田昌三、同増田治之助こと曾春祥、同宗方好夫こと栄金炎の各証言、原告本人尋問の結果及び調査嘱託の結果を援用し、乙第三号証、第四号証の一乃至三、第五乃至第一〇号証、第一五、第一六号証、第一八乃至第二〇号証、第二二、第二三号証の各成立はいずれも認める、その他の乙号各証の成立はいずれも不知と述べ、被告指定代理人は乙第一乃至第三号証、第四号証の一乃至三、第五乃至第一〇号証、第一一乃至第一四号証の各一、二、第一五乃至第二〇号証、第二一号証の一、二、第二二、第二三号証を提出し、証人大工昭三郎、同中島昭二、同鈴木一雄、同青木直一、同斎藤威彦、同翁金泉の各証言を援用し、甲第一号証の三、四、第五号証の三乃至五、第八号証の一、二の各成立はいずれも認める、第二号証の一〇及び第七号証の一、二中官署作成部分はいずれもその成立を認める、その他の部分の成立はいずれも不知、その他の甲号各証の成立はいずれも不知と述べた。

理由

一、請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで本件更正処分に原告主張の所得を過大に認定した違法があるか否かについて判断するが、原告が昭和三八年度において被告主張の各所得のうち譲渡所得を除く各所得を得たことは当事者間に争いがないので、本件の争点である、原告が同年度において右の譲渡所得を得たか否かについて検討する。

(一)  本件土地の譲渡による所得について。

本件土地が原告の所有であつたことは当事者間に争いがないところ、いずれもその成立に争いがない乙第三号証、第一〇号証、第一五、第一六号証、第二二号証、証人栄金炎の証言及び原告本人尋問の結果によつてその成立を認める甲第五号証の一、証人中島昭二の証言によつていずれもその成立を認める乙第一一乃至第一四号証の各一、二、弁論の全趣旨によつていずれもその成立を認める甲第五号証の六、乙第一号証、ならびに証人大工昭三郎(但し後記措信しない部分を除く)、同中島昭二、同鈴木一雄、同青木直一、同曾春祥、同宋金炎、同斉藤威彦の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の1から3までの各事実が認められ、証人森田昌三の証言によつてその成立を認める乙第一七号証及び証人大工昭三郎の証言中これに反する部分はいずれも措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

1  昌栄商事はもと大昌商事株式会社と称し、本店所在地を大阪市西区阿波座上通り一丁目二〇番地、資本金を二〇〇万円として昭和二九年一二月二九日に設立された会社であるが、昭和三四年一月三一日解散した後は十分な清算手続もなされないまま放置され、いわば登記簿上存在する会社であつたが、昭和三七年七月頃訴外宗方好夫こと宋金炎(以下宋という。)が右登記上の会社名義を、対価として約三万円を支払つて取得したうえ同月三日会社継続の手続をとり、事業目的を変更したほか、商号も昌栄商事株式会社と改め、その代表取締役に林昇太郎が、その他の取締役には宋のほか高井五郎こと黄春木が、監査役には畑光三が就任したものの、宋以外の者は名ばかりの役員で、同社経営の実体はいわば会社即宋といつた関係にあり、その営業活動についても(とりたてていうほどの営業活動は殆んどしていないが)宋個人のそれと会社のそれとが明確に区別されていなかつたところ、本件土地は同年八月二二日宋がこれを原告から昌栄商事名義にて代金一五〇〇万円で買受けたうえ、これも同じく他より買受けた本件家屋とあわせて同月三一日竹中工務店から本件土地家屋買受けについての委任を受けていた川上土地(現商号伏見土地株式会社)との間でこれを代金九三〇〇万円で売渡す旨の契約をしたこと。

2  しかして宋又は昌栄商事と原告とは特別の関係はなく各別個の存在であつて、何らこれを同一視すべき理由は見出せないこと。

3  宋は右買受けにかかる本件土地の代金を次のとおり原告に支払つたこと。

イ 同年八月二二日売買契約成立と同時に手付金五〇〇万円

ロ 同月三一日頃関西相互銀行梅田支店において残金一〇〇〇万円

以上の事実が認められる。

右事実によれば原告は被告主張のように本件土地を本件家屋とあわせて代金九三〇〇万円で竹中工務店に譲渡した事実はなく、右土地を宋に対し代金一五〇〇万円で売却譲渡したにすぎないうえ、これが売買契約が成立したのは昭和三七年八月二二日で同月三一日頃には原告においてその代金全額を受領したというのであるから、これによる所得は三七年度における所得であつて昭和三八年度の所得でないことは多言を要せず、原告が昭和三八年度において本件土地の譲渡による所得を得たとの被告の主張は失当である。

(二)  本件家屋の譲渡による所得

本件家屋が原告の所有であつたことを認めるに足る証拠は、成立に争いがない乙第一八号証及び証人翁金泉の証言によつていずれもその成立を認める乙第二二号証の一、二を措いてはないところ、前者は本件家屋の賃借人であつた訴外木下三治の供述を録取したものであるが、その記載内容の全体を通観するときは同人は確たる根拠もないまま自己と貸借契約した相手方である原告(この点は原告本人尋問の結果によつて認める。)が本件家屋の所有者であると単純に思い込んでいるにすぎないものと推認せられるし、また後者は証人翁金泉の証言等に対比すればいずれもにわかにその記載の内容通りには措信できず、他に本件家屋の所有者が原告であつたことを認めるに足る的確な証拠はないから、かりに本件家屋が譲渡されて譲渡益を生じたとしてもこれが譲渡による所得が原告に帰属するということはできず、従つて原告が昭和三八年度において本件家屋の譲渡による所得を得たとの被告の主張は失当であつて採用できない。

そうすると原告の昭和三八年度における総所得金額は被告主張の配当所得、不動産所得及び給与所得の合計金六〇七万九一三三円であるから、総所得金額を四九〇六万一二七一円とした本件更正処分中金六〇七万九一三三円を超える部分は違法であつて取消を免れない。

三、そして叙上総所得金額の点を除き本件更正処分にかかる余の更正内容に付、原告は本訴において何等その違法事由を主張せず却て弁論の経過に照らせばその適法正当なることについては何等争わないものと認められるから、その範囲においてその取消を求める本訴請求を理由あるものとするを得ないことは原告の主張自体によつて明らかというべきである。

四、次に本件重加算税の賦課決定処分が違法であるか否かについて判断する。

右処分は原告が被告主張の譲渡所得及び配当所得を故意に隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づいて確定申告したことを前提としてなされたものであるが、原告において右の譲渡所得を得たことが認められないことは前記のとおりであるから、これに対応する部分はその前提を欠き、また右の配当所得に対応する部分については原告が確定申告にあたりこれが所得を申告しなかつたことは当事者間に争いがないが、原告がこれを故意に隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づいて確定申告したことまでも認めるに足る証拠のない本件においては右処分は結局国税通則法(昭和四五年法律第八号による改正前のもの。)第六八条に定める要件を欠いてなされたものといわざるを得ないから違法である。

五、よつて原告の本訴請求中、本件更正処分の取消を求める請求は総所得金額について金六〇七万九一三三円を超える部分について理由があるからこれを認容し、その他の部分は失当として棄却し、また本件重加算税の賦課決定処分の取消を求める請求は全部理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日野達蔵 裁判官 松井賢徳 裁判官 仙波厚)

別表

〈省略〉

物件目録

大阪市浪速区難波新地五番町四二番地の四一

宅地 一三坪七七

同所 四二番・地上所在

家屋番号 同所第二一九番

木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建 店舗

床面積 一、二階とも一〇坪(現況二五坪五六)

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